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広島地方裁判所 昭和52年(行ウ)8号 判決 1982年1月28日

広島県福山市多治米町八五七

原告

小土井利勝

右訴訟代理人弁護士

服部融憲

右同

井上正信

右同

大国和江

右同

阿波弘夫

右同

山田慶昭

同市三吉町二丁目二五〇番三号

被告

福山税務署長

松井慶司郎

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被告

国税不服審判所長

林信一

右両名指定代理人

原伸太郎

右同

高田資生

右福山税務署長指定代理人

吉川定登

右同

渡辺忠義

右同

益池勝

右国税不服審判所長指定代理人

横路昇

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告福山税務署長が、原告に対して昭和四九年七月二四日付でなした昭和四六年分、同四七年分、及び同四八年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取消す。

2  被告国税不服審判所長が、原告に対して昭和五一年一二月一〇日付でなした右本件原処分についての審査請求の裁決を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  行政処分の存在

(一) 原告は鉄骨建築業を営んでいる者であるが、別表(一)処分経過一覧表記載のとおり、被告福山税務署長(以下「被告署長」という。)に対し、昭和四六年分、同四七年分、同四八年分の所得税の各総所得金額をそれぞれ一五一万六〇〇〇円、一七六万四〇〇〇円、二九五万円とする確定申告をしたところ、同被告は昭和四九年七月二四日付で、それぞれ、三〇三万三九〇四円、四五一万〇三七二円、七四九万〇三一七円とする各更正処分並びに各過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をなした。

(二) 原告は、本件処分を不服として、昭和四九年九月二〇日、同被告に対して異議の申立をしたが、同被告は同年一二月一七日でこれを棄却する旨の決定をなし、そのころこれを原告に通知した。

(三) 原告は右決定を不服として昭和五〇年一月一四日、被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)に対して審査請求をしたが、同被告は昭和五一年一二月一〇日付で右請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をなした。

2  本件処分の違法性

(一) 本件処分は、違法な調査に基づいてなされたもので手続上の瑕疵があり、違法である。

(二) 本件処分は、実額による課税が可能であり、推計の必要性が全く存在しないにもかかわらず推計による課税を行なったもので、違法である。

3  本件裁決の違法性

(一) 原告は被告審判所長に対し審査請求をなすに当たり、本件処分の手続上の瑕疵として、

(1) 本件処分は実額計算の放棄、推計課税の濫用などの手続上重大な違法があること

(2) 本件処分の推計方法は極めて主観的でかつ合理性を欠くこと

を申立てたが、同被告は本件裁決に当たり、右申立事由については一切判断せず、かえって裁決書において、原告の右主張を

(ア) 原処分庁は、その調査対象に選定した理由及び調査の理由を開示せず、一方的に調査を行なった。

また、原処分庁は請求人の事務所に四回臨場して調査したと主張しているが、請求人が調査を受けたのは二回であり、この点だけをみても原処分は信用できない。

(イ) 原処分庁は、請求人の承諾なしにその取引先を調査し、またその調査に当たり、税理士等の職業会計人を介しているがこれは適法な質問調査権行使の範囲を逸脱し、職権の濫用である。

(ウ) 原処分庁は更正理由を開示せず、また異議決定書においても原処分の理由は明らかにされていない。

と記述したうえ、このような原告の前記申立事由とは異なった事由について判断したが、これは国税通則法九八条一項に照らして違法である。

(二) 原告は国税通則法九六条二項に基づき、被告審判所長に対し、昭和五〇年一〇月二一日及び同五一年九月二四日の二回にわたり、「原処分時の調査事跡簿、調査書、更正処分決議書など原処分の調査及び決議の経過の詳細、課税根拠の具体的内容が判明する文書」の閲覧を請求したにもかかわらず、同被告は原告に対し昭和五一年八月二七日に各年度の所得調査書を閲覧させたのみで、他の文書の閲覧を拒否したもので、このように、原告の権利を無視して行なった裁決は前記法規に違反し違法である。よって、原告は被告署長に対し本件処分の被告審判所長に対し本件裁決の各取消を求める。

二  請求原因に対する答弁及び被告らの主張

1  答弁

(一) (被告両名)

請求原因1の各事実はいずれも認める。

(二) (被告署長)

同2はすべて争う。

(三) (被告審判所長)

同3の(一)のうち、原告が審査請求に当たって(1)、(2)の事由を申立てたこと、被告審判所長が裁決書に原告の主張として、(ア)、(イ)、(ウ)の事由を記載したことは認めるが、その余は争う。

同3の(二)につき、原告主張の事実関係は認めるが、被告審判所長の措置が違法であることは争う。

(四) (被告両名)

同4は争う。

2  被告署長の主張

(一) 本件調査の適法性

(1) 税務調査を開始するに至った事情

原告は被告署長に対し、本件各係争年度分の所得税についてそれぞれ確定申告書を提出したが、同申告書にはいずれも所得金額のみが記載され、売上金額及び必要経費等の記載がなく、所得金額算出の根拠が不明であり、かつ、他の同業者の申告状況や過去になされた他の納税者の所得調査の結果(原告と取引関係にあった者も含まれる。)等から推定される原告の売上状況に比しても、原告の右申告に係る所得金額が過少であると認められたので、被告署長は調査を開始したものである。

なお、調査の必要性に関して、税務職員が原告の売上状況を推定するために用いた他の納税者の所得調査の結果の具体的内容を明らかにする必要はなく、むしろ当該納税者に対する守秘義務(所得税法二四三条)の関係で許されない。

また、原告提出の確定申告書に売上金額等の記載がなかったことは、申告書のみでは所得の内容が判明せず、これが調査開始の一事情となったというに過ぎないが、この場合の申告書における右記載は、所得税法一二〇条一項一一号においては「第一号から第九号に掲げる金額の計算の基礎その他大蔵省令で定める事項」を申告書に記載すべきものとされ、かつ、右にいう計算の基礎とは、単に利子・配当・事業等の各所得の金額をいうのではなく、各所得の計算の根拠となる事項(事業所得であれば売上金額等)をいうものと解されるところから、納税者に義務付けられているものといえる。

(2) 本件調査の経過

被告署長係官は、実額による正確な所得計算を行なうべく、昭和四九年五月一五日、同月一六日、同月二〇日、同月二二日の四回にわたり、調査のため原告方へ臨場した。

まず、五月一五日原告方へ赴いた際は、原告は不在であって、原告の実弟小土井秀夫に翌日再訪することを告げて退去した。

同月一六日の臨場の際、同係官が原告方へ赴いてまもなく原告が帰宅したので、同係官が質問検査章を提示し、所得税調査の目的を告げたところ、原告は、「自主申告を認めよ。」「どうして調査するのか。」など繰り返して述べ、あるいは「仕事が忙しい。」などと申立てて調査に応じなかったため、同係官は再訪することを告げて退去した。

また、同月二〇日の調査の際、原告が書類様のものを包んだ風呂敷包み等を傍らに用意していたが、原告がこれを提示し調査を促したのに同係官が理由もなくこれを閲覧しなかったものではない。当日も民商関係者が数名立会っており、同係官が彼らに退去を求めても応じず、さらには調査理由の開示を執拗に迫り、これを条件として右帳簿等を閲覧させるという態度であったため、調査不能と判断したものである。

さらに、同月二二日の状況について、当日民商関係者の立会いはなかったが、同係官が原告方へ赴いた際、原告は工場で作業中であり、忙しいから調査に応じられないと申し述べたので、同係官は、従前の経緯からも原告に対する調査の続行は不能と判断し、やむなく他の方法により調査することになる旨告げたところ、原告はそれならばと事務所に案内したものの、テープレコーダーでの録音を開始したのでその中止方を申入れたが応じず、さらには従前と同様調査理由を明らかにせよとの言辞を繰り返すばかりであったため、調査不能と判断し退去したものである。

(3) 以上の次第で、本件調査には何ら違法な点はない。

(二) 推計課税について

前記のとおりの状況下にあり、原告の所得をその帳簿書類により調査することができなかったため、被告署長はやむを得ず、原告の取引先等を調査して得た原告の仕入金額の資料をもとに、所得税法一五六条の規定に基づき業種形態が類似する同業者(以下、単に「同業者」という。)の平均的な差益率により原告の売上(収入)金額を算出し、これに同業者の平均的な所得率を乗じて原告の事業所得金額を推計し、本件各係争年分の所得をそれぞれ三〇三万三九〇四円、四五一万〇三七二円及び七四九万〇三一七円と認定した。そして、これらの認定所得額が原告の申告所得額と相違していたので、被告署長は国税通則法二四条、同法六五条一項に基づき本件処分を行なったものである。

なお、被告署長が、その後原告の異議申立の審理の際に調査した資料をも加えて前同様の方法で算定したところ、原告の本件各係争年分の事業所得金額は別表(二)「事業所得金額(被告主張額)の計算表」のとおりであり、本件処分の所得金額はその範囲内である。

3  被告審判所長の主張

(一) 本件裁決の判断理由について

被告審判所長は、原告の申立事由(請求原因3・(一)・(1)(2))に関して裁決書中の2主張(1)請求人の主張ロ「事業所得の金額について」欄に、「請求人は原処分の調査の際に帳簿書類を提示したが、原処分庁はテープレコーダーによる録音及び第三者の立会を理由に調査せず、かつ主観的で不合理な推計方法により所得金額を過大に認定している。」と記載して、原告の申立事由を摘示し、かつ3判断(2)「事業所得の金額について」欄においてこれに対する判断もしている。

なお、請求原因3・(一)・(ア)ないし(ウ)の各事由は、審査請求の審理に当たり、昭和五〇年一一月一二日国税不服審判官が原告方へ赴いた際、原告より口頭で申立てられたものである。

(二) 文書の閲覧について

国税通則法九六条二項は、「請求人は担当審判官に対し、原処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる。」旨規定しているところ、本件で被告署長から提出された「書類その他の物件」としては所得調査書のみであったから、被告審判所長はこれのみを原告に閲覧させたのであって、何ら違法な措置ではない。

三  被告署長の主張に対する認否及び反論

1  被告署長の主張(一)について

(一) 同(1)のうち、原告が確定申告を提出したこと、同申告書には所得金額のみが記載され、売上金額及び必要経費等の記載がなかったことは認めるが、その余は不知。

被告署長は調査の必要性に関して極めて概括的、抽象的な事由のみを主張しているが、右調査は恣意的に行なわれてはならず、個別的、具体的かつ合理的な根拠に基づかなければならないから、かかる事由を明らかにすべきである。

なお、確定申告書に売上金額及び必要経費等を記載すべき法的義務はなく、従ってかかる事項の記載の欠缺を調査の必要性の根拠とすることは許されない。所得税法一二〇条一項一一号にいう「総所得金額の計算の基礎」とは利子・配当・事業等の各種所得の金額をいうに過ぎない。

(二) 同(2)につき、被告署長係官が実額による正確な所得計算を行なおうとしたことは不知、その余は争う。

本件調査の事実経過は次のとおりである。

五月二〇日、同係官一名が原告方を訪れ、昭和四八年分の所得調査に協力してほしいとの申出があったので、原告は風呂敷包みにした昭和四八年分の帳簿類のほか、伝票類一切を用意して提示したが、同係官は「多勢おったなかでは調査にもなんにもならない。」「録音するのであれば調査にもなんにもなりませんからやめます。」と言い、原告の提示した帳簿については、「中になにが入っているかわからない。」と称して、原告が再三調査を促したにもかかわらず提示された帳簿類を閲覧しないまま、調査理由を明らかにすることも拒んで立去った。

また、同月二二日には同係官二名が訪れたので、原告は一人で応待し帳簿類の閲覧を促したが、同係官は「録音しているので調査にならない。」「こういう事態になったら税務署としての調査をやらざるを得ない。」などと述べて調査しないまま退去してしまったものである。

(三) 反論

(1) 民主的課税方式である自主申告納税制度の下においては、国家は申告により形成された租税法律関係を尊重すべき義務があり、国家がその申告を否定し、独自の調査に基づく課税、更正・決定をなしうるのは補充的例外的な場合に限られるのである。

また、所得税課は実額課税が原則であり、右補充的例外的に許される更正処分も原則として実額計算に基づく処分でなければならず(実額主義)、従って、実額計算によらない推計計算に基づく課税は、さらに例外的予備的措置であるといわなければならない。このように、推計課税は納税方式としては例外中の例外であるから推計課税の要件-推計課税移行要件・推計課税の必要性-は厳格に解釈されるべきである。

それ故に、結局、右自主申告納税制度・実額主義の原則から導き出される課税方法としては

(A) まず納税者の自主申告書を信頼しての実額課税

(B) 次いで例外としての税務署長の所得実額の調査として、自主申告の最も直接的基礎資料である帳簿に基づく実額課税

(C) そして、やはり例外としての税務署長の所得実額の調査として、帳簿不存在あるいは帳簿不備の場合におけるメモや納税者の説明あるいは反面調査に基づく実額課税

(D) さらに例外としての税務署長の所得実額の調査として、納税者の協力に基づく実額課税

(E) 最後に、例外としての税務署長の調査に基づく実額課税のさらに例外としての推計による課税

と考えるのが相当であり、信頼できる自主申告書が存在するのに、帳簿を調査しての実額課税をするのは違法であるし、帳簿が存在するのに、それを無視して反面調査による実額課税をするのも違法であるし、メモ・納税者の説明・反面調査で実額課税ができるのに推計課税をするのも違法というべきである。

そして、右課税方法の順序もまた、納税者の自主申告権と税務署長の調査権との相関関係からして、厳重に遵守せらるべき羈束的順序と解されており、課税方法の例外中の例外である推計課税が許容される前提要件として、判例上も定着されつつある原則としては、帳簿の不備、不存在、調査非協力及び他に実額調査によりがたい場合とが要求されているのである。

(2) 推計課税の適用が許容される場合とは、実額による課税標準及び税額等が把握しえないか又は把握することが著しく困難な場合で、納税者が適法な調査に合理的な理由もなく協力しない場合などであると考えられるところ、税務署員が違法に質問検査権を行使するなど調査が違法な場合には、被調査者が右調査を拒否する合理的理由があり、このため実額課税によることができないとしても、推計課税によることは違法というべきである。

(3) ところで、本件調査の経過は前記(二)記載のとおりであるが、右経過からすれば、そもそも自主申告の例外である税務署長による所得実額の調査の開始の要件及び右例外の例外である推計課税への移行の要件が欠落している。

<1> 被告署長は、「申告書にはいずれも所得金額のみが記載され、売上金額及び必要経費等の記載がなく、所得金額算出の根拠が不明であり、かつ他の同業者の申告状況や過去になされた納税者の所得調査の結果(原告と取引関係のあった者も含まれる。)等から推定される原告の売上状況に比しても、原告の右申告に係る所得金額が過少であると認められたので、被告署長は調査を開始したものである。」と、また、調査不能の理由として「原告の調査理由開示の執拗な要求」があったことを主張しているが、右のような調査開始理由は一言半句も原告に明らかにされていないのであり、容易に可能な理由開示がなされない場合、被調査者が調査を拒むのは、正当な手続的保障の原則の面からして、当然のことであって、適法な行為であるといわなければならない。

調査範囲は、調査目的ないし必要性から客観的に定まるものであり、税務職員の主観的判断によるものであってはならず、かつ個別的・具体的で明示的な理由の存在が不可欠である。

税務調査は、任意調査であっても、被調査者の営業や私生活に重大な影響を及ぼすものであるから個別的・具体的な調査理由・調査範囲の明示がなされるべきであり、被調査者が右開示要求をしたときは、調査係官には開示義務があり、この義務を尽さない調査は違法というべきであって、本件のように、調査目的を明らかにせず、調査範囲・趣旨を秘匿したまま、高圧的に調査を受忍させようというのは調査権の濫用である。

<2> 被告署長は調査理由開示を調査開始の要件でないかの如く主張し、原告の調査理由開示の要求をあたかも、原告の調査不協力と解して、これを推計課税適用の根拠として主張しているのは、調査理由開示要求を曲解し、違法に推計移行を行ったもので、右調査結果に基づく被告署長の本件処分は取消を免れない。

(4) 被告署長は、本件調査のときに、立会人が居たこと、あるいは録音テープが使用されたことを調査不能の根拠としているが、これらは、調査を不能ならしめ、推計課税移行の根拠たりうるものではない。つまり、

<1> まず、本件調査は任意調査であり、被調査者である原告の依頼した第三者に立会うことは何ら違法・不当なことではない。

そして、守秘主義との関係でも、当該被調査者である原告の秘密は、原告の要請で立会人がその場に立会っている以上問題にならない。問題になるとすれば、取引の相手方の秘密であろうが、それも、調査の過程で、原告の取引相手方との具体的取引が問題になった際に、立会人の前で被調査者である原告に説明させることが不相当であると判断されれば、その段階でそのことだけに限って、その旨を立会人らに告げてその立退きを要求すれば足りるものである。一般に、守秘義務を金科玉条の如く主張して、立会人の立退きを要求し、それが容れられないと調査不能だとするのは調査の任意性を無視し、且つ、守秘義務を曲解した違法・不当な行為である。

<2> 録音テープは事実の経過を記録し、将来、その経過について争いが生じた場合に、過去の経過事実を明らかにして、無用な紛争を防止するために有効な機械であって、その使用が、税務署係官の調査をいかなる点で妨害し調査不能たらしめるのか、全く考えられない。敢えて考えれば、守秘義務の点であろうが、これは前記立会人問題で述べたと全く同様で録音されることが、第三者の秘密を漏らすおそれがあり、不相当であると具体的に判断される場合に、調査者が被調査者に対し、その部分についての録音を中止するよう求め、録音させなければ足りることであって、一般に、録音が開始されているからといって、守秘義務に違反するとはいえない。

被告署長は昭和四十九年五月二二日の調査で、原告がテープレコーダーでの録音を開始したので、中止方を申入れたが応じず、調査不能と判断したと主張しているが、右にみた如く、守秘義務の面からも、未だ具体的に問題が発生しておらず、右録音開始は調査不能の理由とはならない。

(5) 以上のとおりで、要するに、本件税務調査においては、第一に、自主申告の例外である更正処分の手続に移行した理由が一切明らかにされず、第二に、実額把握のため、いかなる事項について調査が必要とされるのか、その理由が全く開示されず、第三に、原告が、所得調査において、最も直接的な基礎資料である帳簿類を調査者に場所を提供して呈示し、容易に右調査ができる状況にしたのに、それらについての一切の調査を放棄し、実額把握のための調査を全くしないまま推計課税に至っているもので、この点違法が存在する。

2  被告署長の主張(二)について

推計課税の必要性がなかったことは前叙のとおりであり、その余は不知。

四  被告審判所長の主張に対する認否及び反論

被告審判所長の主張(一)、(二)は争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第一八号証。

2  検甲第一号証(原告が昭和四九年五月二〇日及び同月二二日同人の工場事務所において安藤勇の調査状況を録音したテープである。)。

3  証人石立敏、同梅崎治郎、原告本人。

4  乙号各証及び丙号証の成立はすべて不知。

二  被告両名

1  乙第一ないし第四号証、第五号証の一ないし四。

2  証人安藤勇。

3  甲号各証の成立はすべて認める。検甲第一号証が、その主張の日に原告により録音されたテープであることは認める。

三  被告審判所長

丙第一号証。

理由

一  請求原因1の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件処分の違法性の有無について

1  原告が被告署長に対し提出した本件各係争年分の確定申告書にいずれも所得金額のみが記載され、売上金額及び必要経費等の記載がなかったことは当事者間に争いのないところ、証人安藤勇の証言及び同証言により税務署備付の資料せんの書式であることが認められる乙第五号証の一ないし四並びに弁論の全趣旨によれば、原告提出の右各確定申告書によっては所得金額算出の根拠が不明であるうえ、他の同業者の申告状況や過去になされた他の納税者の所得調査の際に作成された原告と取引関係のあった納税者の右取引に関する資料せん等から推定される原告の売上状況に比しても、原告の右申告所得金額が過少であると認められたので、被告署長係官は本件調査を開始したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、原告は確定申告書に売上金額及び必要経費等を記載すべき法的義務はなく、従ってかかる事項の記載の欠缺を調査の必要性の根拠とすることは許されない旨主張するが、右認定事実からも明らかなように、原告提出の申告書に売上金額等の記載がなかったことのみを根拠として本件調査が開始されたものではなく、右は、そのため原告の所得内容が判明しなかったという調査開始の事情の一つに過ぎないうえ、右法的義務の点も、所得税保一二〇条一項一一号によれば、納税者は確定申告をする場合、その総所得金額等の「計算の基礎その他大蔵省令で定める事項」を右申告書に記載すべきものとされているところ、右省令の規定内容、及び所得金額は事業所得の場合、少くともその収入金額(売上金額)と必要経費(売上原価等)によって算数上明らかにされる数値であることからすると、右にいう「計算の基礎」とは、単に利子・配当・事業等の区分された各所得金額をいうにとどまらず、事業所得の場合右売上金額、必要経費等、各所得の計算の基になった事項をも含むものと解され、右記載は義務付けられているものということができ、原告の右主張はいずれにしても理由がない。

2  次に、証人安藤勇の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一ないし第四号証、成立に争いのない甲第一七、第一八号証、証人石立敏の証言(ただし、後記信用しない部分を除く。)並びに原告本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告署長係官訴外安藤勇(以下、単に「安藤係官」という。)は、実額による正確な所得計算を行なうため、昭和四九年五月一五日、同月一六日、同月二〇日、同月二二日の四回にわたり、調査のため原告方へ臨場したが、同月一五日同係官が原告方へ赴いた際は、原告は不在であったので、その場に居合わせた原告の弟訴外小土井秀夫に面接し、翌日午前一〇時ころ再訪する旨原告に伝えることを依頼して退去した。

(二)  翌一六日午前一〇時安藤係官が原告方へ調査に赴くと、同人は不在であったがまもなく帰宅したので、同係官が質問検査章を提示し、所得税調査のために来た、帳簿を見せてもらいたい旨告げたところ、原告は、「自主申告を認めてもらわねば困る。」、「うちは帳簿によって計算してあるんだから間違いない。」、「どうして調査するのか。」など繰り返し述べ、調査に応じようとしないため、さらに同係官が調査に協力するよう説得し帳簿書類の提示を求めたが、「そういう疑問を持つことは犯罪捜査と同じことではないか。」、「仕事が忙しい。」あるいは「権限があるなら勝手に調べたらよいではないか。」などと申立ててこれに応じず、とても調査ができる雰囲気ではなかったところから、「同月二〇日午前一〇時再訪する」旨告げて退去した。

(三)  さらに、同月二〇日午前九時五〇分、安藤係官が三たび調査に赴くと、原告から午後にしてほしい旨の申出があったため、同係官は午後一時を約束して帰署したうえ、同日午後〇時五〇分再度調査に赴いたところ、同人方工場事務所(約四畳半程度の日本間)にはすでに民商関係者が待機しており、まもなく帰宅した原告が右事務所に同係官を招き入れ、戸棚からダンボール箱と書類様のものの風呂敷包みを取り出し自分の横に置き、帳簿はここにある旨述べたので、とりあえず同係官が昭和四八年分の帳簿の提示を求めたところ、そのころから原告がテープレコーダーでの録音を開始したため、同係官が右録音の中止方及びその場に立会っていた四名の民商関係者の退去を再三求めたにもかかわらず、原告及び民商関係者はこれに応じず(ただし、録音は、訴外石立敏の指示により途中で中止された。)、さらには前記風呂敷包みを解きはしたものの、調査理由の開示を執拗に迫り、これを条件として帳簿等を閲覧させるという態度であったため、同係官としては調査不能と判断し、同月二二日に再訪する旨告げて退去した。

(四)  同月二二日午前九時五五分、安藤係官外一名が四たび調査に赴いたところ、当日は民商関係者の立会いはなかったものの、工場で作業中であった原告は、今日は忙しいから調査に応じられない旨申し述べたので、同係官が原告に対し、このような状況では調査に対する協力が得られず原告に対する調査の続行は不能だから、他の方法により調査することになる旨告げたところ、原告はそれならばと事務所に案内したものの、テープレコーダーでの録音を開始したので同係官がその中止方を求めたが、原告はこれに応じず、さらには従前と同様調査理由を明らかにせよと繰り返すばかりであったため、同係官は調査不能と判断して退去した。

(五)  そして、以上のとおりの状況で、原告の所得をその帳簿書類により調査することができなかったため、被告署長は、原告の取引先等に対しいわゆる反面調査を実施し、これによって得た原告の仕入金額の資料をもとに、同業者の平均的原価率を用いて原告の売上(収入)金額を算出し、これに事業規模等の類似した同業者の平均的所得率を乗じて、係争各年における原告の所得金額を推計した。その結果、原告の申告した所得金額は過少であることが判明したので、被告署長は国税通則法二四条、同法六五条一項に基づき本件処分を行なった。

以上の各事実が認められ、証人石立敏の証言及び原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  そこで右事実からして、以下本件税務調査の適否及び推計課税によったことの当否等について検討してみる。

(一)  元来、所得税法二三四条一項に規定する税務職員の質問検査権は、税法上の各種事実の適切な認定と判断により課税の公平かつ適正を図るために認められたものであって、その行使は、右目的に照らし相応の必要性がある場合に限られるとみられるが、必ずしも申告内容について具体的な疑いが存するといったような場合に限られず、申告内容が不明確で、相手方の業態等諸般の事情にかんがみると、課税の公平かつ適正を図るうえで、これを明確にする客観的な必要性が首肯されるような場合を広く含むと解される。

このことから、前記1認定事実により、本件調査開始の経緯についてみるに、原告提出の本件各係争年分の確定申告書の記載内容からはその所得金額算出の根拠が不明であり、かつ他の同業者の申告状況や他の納税者の所得調査の結果等から推定される原告の売上状況からみると、原告の申告所得金額が過少であると認められたというのであって、被告署長係官が税務調査により右事実関係を明確にする客観的な必要性は十分あったと認められ、本件調査開始の必要性の点については何ら違法不当はないといえる。

(二)  次に、税務調査としての右質問検査権の行使の具体的な方法についてみるに、所得税法二三四条一項は、所得税に関する調査について必要があるときは、納税義務者等に質問し、又はそのものの事業に関する帳簿書類等を検査することができる、と規定するのみで、その行使の手続、方法等については何ら具体的な定めをしていない。ただ、右質問検査権の認められた趣旨は、公平かつ適正な課税の実現を図るために税法上の事実の正しい捕捉を目的としたもので、そのためには被調査者にある程度の受忍と協力をやむを得ないものとしたものであり、もとより犯罪捜査のために認められたものでない(同条二項)ことは明らかで、これら趣旨目的に照らし、右調査に伴う相手方の不利益との比較衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、右行使の具体的な手続、方法は、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

これらから、本件調査において原告が問題とする、調査の際の調査理由の開示、テープレコーダーによる録音、第三者等の立会などについて考えてみるに、これらは結局、具体的な調査状況に応じた担当税務職員の前記合理的な裁量によって賄われるべきことと考えられる。まず調査理由(もしくは必要性)の開示(告知)は、これが法律上一律の要件とは解されず、通常は実際の調査上必要な範囲内でその目的を告げれば足り、それ以上の開示がなかったからといって調査を拒む理由とはなし得ないものと解される。そして次に、右テープレコーダーによる録音、本人以外の第三者の立会等は、前記調査の趣旨目的に照らすと、特段の事情でもない限り、通常は、被調査者にその必要が認められないところで、調査に際し、被調査者にメモあるいは記録の必要があれば、通常はその際に適宜筆記により記録すれば足り、又、日頃記帳に関与する第三者の立会がなければ帳簿書類の適切な説明ができないというのであれば、その際にその必要関係者の立会を求めれば足りるのであって、右録音等を認めなかったからといって通常相手方の利益を害するとも考えられず、むしろ、所得税法は自主申告を原則とする建前からすると、本来自ら進んでその申告所得額の説明をなすべきことが期待され、他方、税務職員に課せられた守秘義務(所得税法二四三条)の関係からすると、右テープレコーダーによる録音、第三者の立会は、特に被調査者の取引先等の関係でその秘密保持に種々の懸念を生じ、無用に調査を硬直させ、適切かつ十分な税務調査の妨げとなるとも考えられ、これらからして、右を認めることは調査の適正を期する所以でもないといえる。

そこで、右のことから、本件調査についてみるに、たしかに、本件調査の際に安藤係官が原告に調査の具体的必要性や理由を告知していなかったことがうかがわれるが、前記のとおり調査の理由及び必要性の開示ないし告知は一律に調査の適法要件ではないと解されるうえ、安藤係官は、いまだ具体的な調査に入る前の段階であり、所得税の調査に来た旨、昭和四八年分の帳簿を見たい旨告げているのであるから、右告知としては十分であり、この点をとらえて違法ということはできず、さらに、同係官が民商関係者の立会いを拒否しあるいはテープレコーダーでの録音の中止方を申入れたことについても、前記認定のごとき経緯、事情の下においてはその格別の必要性も認められず、むしろ、守秘義務との関係及び調査の適正を期する面などからすると、十分首肯される相当な措置とみられ、これらいずれも、同係官の合理的な裁量の範囲内と認められ、もとよりこれらの点で調査権の濫用も認められず、同係官のなした本件税務調査に格別の違法はないといえる。

(三)  そして次に、被告署長の本件推計課税によったことの適否(推計の必要性)についてみると、たしかに、所得税法は、実額課税を原則とするもので、推計課税は例外であり、実額による課税標準の把握ができないか、もしくは著しく困難な場合にはじめて推計課税が許容されるものと解される。そして、実額課税は通常その者の事業に関する帳簿書類等会計記録を基に算出されるもので、これについての適切な調査ができないような場合は、取引関係が単純である等特殊な場合のほか、実額課税は著しく困難なものになるとみざるを得ない。

そこで、これらからして本件推計課税によったことの適否についてみるに、本件税務調査につき何ら違法、又は調査権の濫用等が認められないことは前説示のとおりであることからすると、原告としては、安藤係官の求める態様での調査に応ずべきで、同調査につき、原告は調査理由の開示を執拗に迫りこれを条件として帳簿等を閲覧させるという態度をとったうえ、テープレコーダーにより録音したり、同係官が右録音の中止方及び立会っていた民商関係者の退去を再三求めたにもかかわらずこれに応じないなど(ただし、五月二〇日の録音は、訴外石立敏の指示により途中で中止された。)の諸状況からすると、結局は、原告として調査への協力を拒否しているものと推知されなくもなく、これらの事実によれば、原告の所得をその帳簿書類等会計記録により実額調査することは著しく困難であったと認められ、その他前認定の原告の取引内容からすると原告の所得を他の方法で実額捕捉することも著しく困難であったと推知され、結局被告署長が原告の本件各係争年分所得金額の算定につき推計の必要性を認め、推計課税の方法によったことは相当であったと認められる。

4  そして証人安藤勇の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告署長が原告の異議申立の審理の際に調査した資料をも加えて再度その所得額を算定したところ、原告の本件各係争年分の事業所得金額は別表(二)「事業所得金額(被告主張額)の計算表」のとおりであり本件処分の所得金額はその範囲内にあることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  以上のとおりであって、本件処分には何ら取消事由となるべき瑕疵はなく、右についての原告の主張はいずれも理由がない。

三  本件裁決の違法性の有無について

1  本件裁決の判断理由について

原告が本件審査請求において請求原因3(一)の(1)(2)の事由を申立てたこと、被告審判所長が裁決書に原告の主張として請求原因3(一)の(ア)(イ)(ウ)の事由を記載したことは当事者間に争いのないところ、成立に争いのない甲第四号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められ真正な公文書と推定される丙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、被告審判所長は、原告の申立事由(前記(1)、(2))に関して裁決書中の2主張(1)請求人の主張 「事業所得の金額について」欄に、「請求人は、原処分の調査の際に帳簿書類を提示したが、原処分庁はテープレコーダーによる録音及び第三者の立会を理由に調査せず、かつ主観的で不合理な推計方法により所得金額を過大に認定している。」と記載して、原告の右申立事由を摘示し、かつ、3判断(2)「事業所得の金額について」欄に「原処分庁は、原処分及び異議申立ての調査、審理を通じて、請求人に対し、事業所得の金額を計算するに足りる帳簿書類及び収入、支出を明らかにし得る証拠の提出を求めたが請求人は帳簿書類の存在することを主張するのみでその提示をせず、また、請求人はテープレコーダーによる録音の中止及び第三者の立会について立退きを求められたにもかかわらずこれに応じないなど調査審理に、何らの協力もしなかったため、原処分庁は原処分及び異議申立ての調査の段階においてやむを得ず推計課税せざるを得なかった事情が認められる。また、当審判所の調査審理においても、四回にわたる臨場調査のほか再三再四文書または電話により計数資料の提出を求めたのに対し、原処分の手続面の違法のみを主張し計数資料の提出がない。従って、このような状況の下においては、原処分庁認定の所得金額の当否の請求人の記録等によって検討することはとうていできないから、本件は次のとおり推計の方法によって所得金額を算出する必要がある。」旨記載し、さらに具体的に原告の事業所得の金額について判断し、右原告の申立事由に対する判断もなしていること、そして前記(ア)ないし(ウ)の各事由は、審査請求の審理に当たり、昭和五〇年一一月一二日国税不服審判官が原告方へ赴いた際、原告より口頭で申立てられたものであることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告審判所長が本件裁決に当たり、原告の申立事由について判断をしていることは明らかであり、本件裁決に原告主張のような違法は認められない。

2  文書の閲覧について

原告が、国税通則法九六条二項に基づき、被告審判所長に対し、昭和五〇年一〇月二一日及び同五一年九月二四日の二回にわたり、「原処分時の調査事跡簿、調査書、更正処分決議書など原処分の調査及び決議の経過の詳細、課税根拠の具体的内容が判明する文書」の閲覧を請求したこと、同被告が原告に対し昭和五一年八月二七日各年度の所得調査書を閲覧させたことは当事者間に争いがない。

ところで、国税通則法九六条二項は、「審査請求人は、担当審判官に対し、原処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる。」旨規定しているところ、弁論の全趣旨によれば、本件で被告署長から提出された「書類その他の物件」としては所得調査書のみであったため被告審判所長としてはこれのみを原告に閲覧させたものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない、そうであれば、被告審判所長の文書の閲覧に対する右措置に違法はなく、この点についての原告の主張も理由がない。

四  以上の次第で、結局、原告の被告署長及び同審判所長に対する本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺伸平 裁判官 山浦征雄 裁判官 大原英雄)

別表(一)

処分経過一覧表

<省略>

別表(二)

事業所得金額(被告主張額)の計算表

<省略>

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